コロナウィルスがもたらす旅行・航空業界への影響
作成者 Hrvoje Zaric
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4月 2020 作成者 Hrvoje Zaric
インサイトに戻る今回のコロナウイルス問題で最も大きな打撃を受けたセクターは、世界中を見渡しても航空・旅行業界になります。航空業界にとって、効果的な交渉という点を軽視することはできないはずです。
今回のコロナウイルス問題で最も大きな打撃を受けたセクターは、世界中を見渡しても航空・旅行業界になります。COVID-19と呼ばれる広範囲にわたるパンデミックは、世界各国の経済を混乱させています。今こそ交渉の重要性を考えるべき時ではないでしょうか。そもそも交渉を成功させる能力が企業の生存にとってこれ程重要だったことがあったでしょうか?
感染者の数、ウイルスが広がるペース、死亡率の推移、回復を助ける薬や病気の発生を防ぐワクチンが開発されるかどうかなどの予測は私が特に優れているわけではありません。しかし、ウイルスがもたらす健康面での危機に対処できた後でも、長い間経済的な余波に巻き込まれることになるだろうという見解は一致しているように思われます。急速に拡大するパンデミックを前に、世界の市場は景気後退に向けて動き出しています。識者達は、経済の発展について悲観的な予測をすることに関して互いに競い合っています。特に航空会社は、過去数十年で最大の課題に直面しています。空の旅の需要がかつてないほど落ち込み、各国政府が渡航注意勧告を出したり、国境を閉鎖することで状況は更に低迷しています。私たちの頭が付いていかないほど、様々な団体が業界の状況について壊滅的な予測を次から次へと発表しています。
今週だけでも、大手旅行会社2社が新たなプレスリリースを発表しました。全米旅行産業協会は独自の予測を修正し続けており、現在では米国内だけで4月末までに590万人の旅行関連の雇用が失われ、その結果、地域経済に9100億ドルの打撃を与えると予測しています。国際航空運送協会(IATA)の旅客収入への影響に関する分析では、現在、2019年の数値を44%下回る2520億ドルの損失が予測されています。
歴史との比較
現在の状況は、様々な意味でこれまでの業界が体験してきた事象とは異なるものです。今回のパンデミックと、9.11アメリカ同時多発テロ事件(2001年)、SARS(2002~2004年)、エイヤフィヤトラヨークトルの噴火(2010年)などの過去に業界が直面した危機とを比較するために、歴史的な観点から考えてみましょう。
9.11の後、アメリカの空域は4日間閉鎖されました。その後すぐに新たなセキュリティ対策が空港で実施されたため、空の旅が安全になったと一般の人々が納得するようになりました。今日、人々が飛行機を避けるのは、旅行そのものへの恐怖ではなく、感染したり帰国できない危険性があるからです。また、空の旅ができなくなった一時的なイベントと異なり、コロナウィルスパンデミックは常に進化しており、レジャー旅行や出張への長期的な影響はもちろんのこと、その広がりの期間や規模についても誰もが不安を感じています。
SARS(重症急性呼吸器症候群)の流行は、現在の危機状況にやや類似していますが、頭に入れておくべき重要な違いがあります。当時、SARS は地理的にアジア地域に限定されていました。また、世界は当時から大きく変わっています。中国は経済大国として台頭してきました。2000年の世界の名目GDP(国内総生産)ランキングでは、中国は6位で、上位10カ国に占める割合は5%以下でしたが、現在は米国に次いで2位となり、上位10カ国に占める割合は24%に達しています。航空業界では、過去20年の間に、長距離飛行用航空機の登場を背景に、長距離の国際便が大幅に増加しました。現在の航空会社の運航状況は、アジアへのサービスがより充実しています。中東の一部の航空会社は大きく拡大しました。さらに、グローバル化した経済においては、人や貨物の移動が加速しているため、何か非常事態が発生した際の影響はこれまで以上に大きくなります。従って、今回のパンデミックは、世界経済全体に大きな打撃を与える恐れがあります。
2010年のアイスランドのエイヤフィヤトラヨークトルの噴火では、第二次世界大戦後最大の航空交通網の遮断が発生しました。当時は、火山灰の影響を直接受けた航空路線以外にも波及効果が見られましたが、今回のパンデミックよりも遥かにローカルな現象でした。また、他の交通手段へのシフトもある程度は可能でした。期間もわずか1週間でしたが、現在の状況がいつまで続くのか、ましてやコロナウィルスパンデミックの経済的影響がいつまで続くのか、誰にも予測はできません。
世界経済と展望
現在、人々が旅行を避ける傾向にあることに加えて、経済不況のリスクが存在しています。鬱積されてきているレジャー需要が回復し、コロナ危機以前の人の流れと収益のレベルに戻る可能性もあります。この病気を管理下に置ければ、出張も同様に以前の状態に戻るでしょう。しかし、不況になれば回復が遅れる可能性が高くなります。失業率が大幅に上昇し、退職金制度の貯蓄額が少なくなると、観光旅行、出張の両方が活気を取り戻すには以前よりも時間がかかると思われます。IATA は、過去のパンデミックでは業界が急激なV字型カーブを描いていたのは確かですが、その後、旅行を阻害するような不況はなかったと認識しています。
1つ確かなことは、コロナウィルスパンデミックにより、航空会社、航空機メーカー、空港、貨物輸送業者、その他の航空業界のパートナー企業の意思決定者は、ビジネスの進め方を再考し、 ビジネス関係を再評価・再構築する必要に迫られているということです。 ここで 交渉 が必要になるのです。交渉ほどビジネスの基盤に大きな影響を与える分野はありません。戦略的、戦術的なツールを厳密に適用した高度に構造化されたアプローチだけが、より良い交渉結果を体系的に導くことができるからです。堅牢な方法論の一環として、パワーバランス、相互依存関係、時間、状況などの要因を含むオプションとリスクの分析がありますが、これら全てが現在のパンデミックの中で重要な役割を果たしています。
例えば米国の航空会社は、ヨーロッパ、アジア、中南米のライバル航空会社に比べて、遥かに財務的に良好な状態にあります。資本力のない航空会社は、 融資を受けることができず、有名なトーマス・クックの例のように、破産申請の前兆が起きることもあります。航空会社の破綻が加速すれば、業界の大規模なリストラにつながることが予想されます。コロナ危機以前にも、アジアの航空会社の中には、香港での政治的抗議活動によって打撃を受けたところもありました。コロナ後の時代にはバリューチェーンの構成は以前とは異なるものになるでしょう。それは、事業とバランスシートの合併・再構築を意味し、その結果、契約条件の交渉と実施方法が今後のビジネスの成功、さらに言えば生き残りを左右することになるかもしれません。
交渉スタンスを決める際の注意点
自己実現理論を企業に当てはめてみると、危機的状況下では、企業の優先順位が、 拡大計画や利益の最大化から、既存の契約の確保、更には事業の継続に至るまで、大きく変化する可能性があることがわかります。有名な例としては、BP 社による2010年メキシコ湾原油流出事故や、2000年後半のサブプライムローン(およびその後の銀行)危機などがあります。これは、少なくとも短期的には、企業が危機管理と生き残りを賭けた戦いに注力するように方向転換することを示しています。交渉の妥当性という点では、業界のプレーヤーはいくつかの課題に直面しています。既存の取引を 積極的に 再開したり、新たなパートナーにアプローチすることを余儀なくされたり、訴訟に 反応的に 対応することで自分自身を守ることを余儀なくされるかもしれません。いずれにしても、交渉の仕方を決める大きな要因は パワーバランスです。
コロナウイルスによる混乱の中、企業は交渉における適切な パワー の使い方を見直して、検討する必要があります。ダーウィンの言葉はこの数週間で十分に引用されたと思いますが「生き残る種とは、最も強いものでなければ 最も知的なものでもない。 変化に最もよく適応したものである」という考えを検討する価値はあるでしょう。業界関係者は 時間と状況 の変化を考慮しながら、あらゆる角度からパートナーとの交渉方法を検討する必要があります。
2002年、ライアンエアーの CEO であるマイケル・オリアリー氏は、ボーイング社との間で標準機から43%の割引となる72億ドル相当の737型新造機155機の契約を結んだと報じられました。なお、この取引の前にライアンエアーが保有していた飛行機は、わずか44機でした!オリアリー氏は、9.11(2001年)の後、ボーイング社が同時多発テロの影響で注文が大量にキャンセルされるという不利な状況に置かれたことで、パワーバランスが彼に有利になったということを認識していたのです。ライアンエアーにとって、この買収は低価格航空会社としての戦略と完全に合致し、一部の競合他社を追い落とすことができたのです。
最後に、交渉における戦略的姿勢と行動を決定する際に、航空会社は間違いなく相互 依存のレベルを探らなければなりません。これが最終的に、交渉戦略が競争的 か 協力的か の違いを生むことになります。競争的交渉戦略では、人は相手に与える影響をあまり気にせず、自己利益のためのアジェンダを追求します。しかし、主要な交渉相手が経済的に苦しい状況にある場合、プレッシャーをかけすぎると、自身が直面している緊急事態が更に先行きの怪しい状態になってしまいます。多くの意味で、パンデミック後の干ばつ状態を乗り切るために協力する必要性が、交渉者が合意に至るまでのアプローチにおいて主な焦点とになるでしょう。
最後に、タイトルにあった「航空業界に効果的な交渉という点を軽視することはできないはず」のフレーズに戻りましょう。私の意見としては、戦略を練り、機会とリスクを特定して分析し、戦略的決定の影響を評価するために時間をかけることが今日ほど必要不可欠になったことはありません。自分がしなくても、主要サプライヤー、主要顧客、あるいは直接の競合他社がそうするでしょう。
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